はっぴーくろーばー日記

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子育て応援サークル「ハッピークローバー」のブログです。子も親も先生も、み~んな笑顔で幸せにな~れ!生きてることが「ハッピー」だ!

いろいろ考える映画でした。

先日、「オハイエくまもと」主催の映画上映会に行ってきました。このブログでも紹介した、「1/4の奇跡~本当のことだから~」です。

いろんな意味で、いろんなことを考える映画でした。

養護学校の先生が出会ったこども達との様々な話を通して、「病気もしょうがいも意味があって存在する。必要でないものは、この世にはない」ということ、「あなたはあなただから素晴らしい」ということを伝え、「人間だけでなく、すべての命あるものがひとつの源から生まれる」ということを示していくドキュメンタリーです。
映画の中で、古代ペルーの遺跡から発見された布に、指が6本ある手と、その周りを、五本指の手が包むように取り囲んでいる刺繍がありました。それは、古代の人々は何らかのしょうがい持つ人を、宇宙や神と交信する特別な役割を持った人としてあがめ、大切にしていた現れだということです。そして、現代に転じて考えると、「私たちが今元気に生きていられるのは、過去に病気やしょうがいを持ち、苦しい思いをしてきた人々のおかげである。今も、私たちの未来の子孫のために、病気やしょうがいを背負って生きていてくれる人が沢山いる。そういう人を、私たちは支えていかなければならない」のだそうです。

それって・・・。

「自分たちのために、あの人達は病気やしょうがいを持って、苦しい思いをしている。だから、あの人達を大切にしなければいけない」???それは、いわゆる「健常」なひとの傲慢ではないの?
誰も、しょうがい持って生まれたいとか、病気を持って生まれたいと思う人はいないはず。それでも、神様から授かってしまったものを受け止めて、「なんで自分が?」という苦しい気持ちを自分の中に落とし込みながら、生きている。それを、「私たちが健康なのは、あなた方のおかげです」と言われて、「だから、大切にしてあげます」と言われて・・・。そんな、「親切心」なんかいらない。
momoは、神様からしょうがいを授かって、生まれてきました。それを受け止めて生きています。私は、この子がこの世で生きた証を残せるとしたら、いったい何だろう?と思いながら育ててきました。学校に行き始めて、人はみな同じということ(当たり前のことですが)や、相手の思いを自分のこととして思う大切さを、momoを通してこども達が気付いてくれる場面に何度も出会いました。これが、momoがここにいる理由なんだろうな、と思えるようになりました。でも・・・。momoの本当の気持ちは、どうなんだろう。

身体いっぱいに風を受けて、思いきり走りたい。
お友達とおしゃべりしたり、大きな声で歌いたい。
ハンバーガーなんかを大きな口を開けて、ほおばりたい。
やりたかったこと、見たかったもの、たっくさんある。

それなのに、「あなたは、誰かが引き受けなくてはならなかったしょうがいを、引き受けて生まれてくれた。だから、大切にしてあげます」と言われても、納得は出来ないでしょう。健康に生まれた者の傲慢から来る言葉としか、思えません。

「あなたはあなたのままで、素晴らしい」と言われても、「じゃあ、そういうあなたは、私と同じ境遇にあったら、『自分はこれで素晴らしい』と心から言えますか?」ということです。

確かに、momoがしょうがいと共に生きていることで、そのことがきっかけで素晴らしい出会いがたくさんありました。多くの仲間達に囲まれて、「本当に、この子は幸せ者だ」と思うこともたくさんあります。でも、それでmomo自身が「私はしょうがいと共に生まれてきて、良かった。」とは、決して思えることはないでしょう。私もみんなと同じように、走りたい。歌いたい。食べたい。そう思っているでしょう。

それでも、今の自分を丸ごと受け止めること。その上で、人生を楽しむこと。人を愛して、尊敬して、大切にすること。


とても難しい。


様々なことを考える、映画でした。
by hapikuro | 2010-11-16 21:11 | 日々のいろいろ