はっぴーくろーばー日記

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子育て応援サークル「ハッピークローバー」のブログです。子も親も先生も、み~んな笑顔で幸せにな~れ!生きてることが「ハッピー」だ!

学校に通うということ。

突然ですが・・・
わが子が、安全に、安心して、楽しく学校に通うことは、難しいことですか??
この国では、こどもを学校に通わせることは大人の義務、そして、こどもの当然の権利です。
こどもは、小学校に入学できる年齢になれば、誰でも、祝福されながら学校に通える。そして、親や先生など周囲の大人に守られながら、安心して大きくなっていくことができる。
当たり前の話ですよね。
そこには、何の制限も、制約も、条件もないはず。
私は、そう思っています。
でも・・・
残念ながら、今の世の中は、そうなってはいません。
私の友人たち数名は、現在、わが子が学校に通う「権利」を獲得するために、本当に血のにじむような努力をしています。みんなそれぞれ、状況は違うのですが、思いはただ一つ「わが子を安全に安心して楽しく学校に通わせたい」というのみです。

こどもは、家庭では見せない顔を、学校の中に持っています。
家庭ではできないたくさんの経験を積み重ねて、日々成長しています。
それは、その年頃のこどもにしかできない、本当に大切な、宝物のような経験です。
momoも、毎日の学校生活、友達や先生と過ごす中で、少しずつではありますがしっかりと成長しています。
親は、わが子が「学校大好き!!」という空気を体中からにじませながら家に帰ってくることが、何にも代えがたい幸せなのです。

友人たちのこどもたちは、世間から見ればいわゆる「重度」のしょうがいを持っています。
momoも、口から食事を採れないなど、世間から見ればいわゆる「重度」のしょうがいを持っています。
けれど、私たちから見れば、「それが何?」なのです。
こどもは、こども。その子にあった手助けをすれば、何の問題もなく、大好きな学校に通えるはず。
その子を知ろうとしないから、わからない。わからないから、その子を取り除こうとする。おいて行こうとする。「学校に通うための」条件を付ける。「親としての責任」という言葉をちらつかせて、「それができないなら親失格」という暗黙の脅迫を、かけてくる。

ちょっと強い言い方でしたね。

「親としての義務」とは、家庭でわが子を愛情もって育て、見守り、世の中(社会、学校)に送り出す。ということだと思うのです。
「学校に一緒についていくこと」が親の義務とは、思えないのです。
確かに、親が一緒にいなければいけない場面は、(特に「重度」のしょうがいを持つ子の場合は)ああります。でも、それ以外では、学校はこどもと先生との大切な場所。親には見せない顔を見せ、親がいてはできない話もするし、いろんな経験をする。その時、その年齢でしかできないことを、思いっきりやる。時には先生に叱られることもある。それも、こどもにとって大切な経験です。そこに親がいては・・・どうでしょう?


もっと、想像力を働かせてほしい。と思います。
「わが子だったら?」という想像を、常にしてほしいのです。
「この子がわが子だったら?」と想像すれば、簡単にこどもの権利を制限することはできない。その子の人生そのものを制限し、狭めてしまうことになると、気付くと思います。
by hapikuro | 2011-07-18 02:07 | 日々のいろいろ