はっぴーくろーばー日記

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子育て応援サークル「ハッピークローバー」のブログです。子も親も先生も、み~んな笑顔で幸せにな~れ!生きてることが「ハッピー」だ!

カテゴリ:日々のいろいろ( 74 )

少し前の記事で、子供たちが学校に行くことの難しさ、難しくさせていることへの疑問を書きました。
今回も、そのことを書いてみたいと思います。

 momoのお友達で、はぴくろメンバーであるI君は、呼吸器を着けています。先日の健康フェスタで一年ぶりに会ったI君は、バギーの後ろにとても小さな呼吸器を乗せて、顔色も良く、以前よりふっくらしていて、体格もずいぶん大きくなっていました。数か月前に呼吸器をつける手術を受けて、酸素がきちんと行き渡るようになり、体にかかる負担やストレスがずいぶん軽減されたようです。前は体調の変化で学校に行くことが難しく、先生が訪問されての授業だったそうですが、今はとても元気で、毎日学校に行っているそうです。ただし、「呼吸器を着けている」ということだけで、保護者の付き添いを求められ、お父さんは現在長期の休暇を取られて毎日I君の学校に付き添っておられます。その休暇も10月いっぱいで終わり、11月からは、今年2月に生まれた弟のK君を連れて、お母さんはI君の付き添いに入られます。
 I君は、学校が大好きです。呼吸器を着けていなかった時も、体調の安定しない中でも、少しでもいい時を見つけて、学校に行き、精一杯楽しんでいました。しっかりした呼吸はあるけれども、なかなか酸素をうまく取り込めないので、学校に思いっきり通えるように、そしてより充実した毎日を重ねることができるように、苦しい苦しい手術を乗り越えて、I君は、呼吸器を着けたのです。でも、そこで学校からI君に出されたのは、「呼吸器を着けている子は学校に来てはいけない。」というものでした。学校に通えるように、そしてもっとたくさんの経験、体験を積むことができるように、お友達や先生ともっとたくさん一緒にいられるように、そう願っての呼吸器装着だったのに、「呼吸器を着けている」ただそれだけのことで、家庭以外に最も安心して、信頼して過ごせるはずの学校に通えない。もし通うとするならば、保護者が一日中付き添っていなければならない。こんなことって、あっていいのでしょうか。
 「呼吸器を着けているだけで」と書きました。確かに、私は呼吸器のことはよくわかりません。その取扱いがどれだけ難しく、専門性を要するものか、わかりません。そして、生命維持のために呼吸器を着けている人もたくさんいるでしょう。呼吸器が少しでも不都合を示せば、即、命の危険にさらされる人もいるでしょう。呼吸器のことをよく知らない者が口出しすることではないのかもしれません。でも、I君は、しっかり呼吸ができています。学校に元気で通いたいから、呼吸器を着けたのです。「呼吸器ケアはできない、だめだ」ということを前提に、できない理由をこじつけているようにしか考えられません。

 私は、私たちは、親です。子供の命に責任を持ち、子供を健やかに、幸せに、育てていく義務がある。わが子のことは、誰よりもわかっている。この子がどれだけ学校が好きか。どれだけお友達や先生と積み重ねる日々を愛おしく思っているか。一日一日を重ねていくことが、どれだけ大切なことか。その日々は、時にはその子の命も救い、生きる希望になっていることを、私たち親は知っています。こんなにも愛して大切に思っている学校生活を、奪う権利が、いったい誰にあるというのでしょうか。
 しょうがいを持つ子の親は、わが子が生きてくこと、世の中に出ていくことで生まれる健康的生命的なリスクはしっかりわかっています。学校で、通常考えられる範囲での注意やケアをしていただけるのならば、それ以上は望みません。特別な医療的ケアを必要とする子が学校に来た場合、「何かあったら」ということをまず心配されるのでしょう。momoが食事を採れなくなって、経管栄養を必要とすることになった時、やはり「何かあったときは、責任とれない」という壁が、目の前に立ちはだかりました。でも、親は、わが子を学校に行かせる以上、「何かあったとき」の覚悟は、じゅうぶんにできています。

 どうか、ひとりひとりを見てください。「呼吸器を着けている子」でひとくくりにしないでください。その子の身体的な背景、経過、現在の状況を、個別に判断してください。呼吸器が不安なのならば、対処法を見つければいい。専属の看護師さんに呼吸器ケアの習得をしてもらうとか、緊急時の対処法を保護者としっかり話し合って、密接に連携していけば、できないことはないと思います。

 I君は、11月からお母さんの付き添いで学校に行かれます。まだ1歳にもならない、弟のK君を連れてです。K君の体調不良の時、お母さんの用事の時、元気で学校に通えるはずのI君は、学校を休まなければならないこともあると思います。本人の休む理由もないのに、学校に行けない。一日一日を大切に、毎日が貴重で宝物のような日々なのに、一番大好きな場所で過ごすことができないのです。

 I君だけではありません。私たちの仲間には、理由にならない理由をこじつけられて自由に学校にも通えない子たちがまだいます。「しょうがい持つ子だから、この程度は我慢しなさい。障害持つ子の親だから、こんなことはやって当然」という考えは、もうそろそろやめてもらいたいのです。
by hapikuro | 2011-10-15 11:19 | 日々のいろいろ

ぺっ。

昨夜momoを風呂に入れていて、歯磨きをさせていると、奥歯で歯ブラシをがきっと噛んでしまいました。歯ブラシを引っこ抜くと、なんか口をモゴモゴ。「あらら、気持ち悪かったかなあ・・・」と思っていると、
momo「・・・  ぺっ。」
私「・・・  ぺっ?」
白い塊が口の中から飛び出た~!!
恐る恐る拾い上げると、歯でした!
ぐらぐらしていた乳歯が、歯ブラシを噛んだことで取れて、自分で「ぺっ」と吐き出したのです。
あ~、ぺ~してくれてよかった・・・
momoは、平然とした顔。

「歯医者さんに一回分、行かずにすんだよ」というと、
「ラッキー(^O^)」とにやにやしてました・・・
by hapikuro | 2011-09-14 12:52 | 日々のいろいろ

新種の泳法?

昨日の相撲大会の激闘から一夜明け、子供たちはふたたび、のほほんのんびり。

今日は、今年最後の水泳の授業。締めくくりとして、今年頑張った成果を「記録会」という形で、私たち保護者にも披露してくれました。
momoも、大好きな水泳の授業。頑張った成果は見せてくれるのかなあ???
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この透明なフロートの上で、momoはぷかぷかとプールに浮かび、みんなと一緒に泳ぎます。

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プールだけでは水温が低くて体が冷えすぎるので、プールサイドに温めた水を張ったビニールプールを置いて、合間にその中に入り、保温もしてくださいます。momoが使わないときは、ほかの子供たちのパラダイス。
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ああ極楽。

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momoは、フロートの上に乗ると、足をカエルのように動かします。その足の裏を先生が支えて、momoが足をぴょ~んと伸ばすと、フロートごとす~~っと体が進みます。それが面白くて、何度も足を曲げたり、伸ばしたり。momoなりの、独特の泳法です。記録会でも、この泳ぎ方で周りに子供たちがついてくれ、25メートルのプールを泳ぎ切りました。

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この満足げな笑顔。そしてみごとな?カエル足。


楽しかった水泳も、今日で終わり。
子供たちは、とても泳ぐのが上手になりました。
by hapikuro | 2011-09-13 00:03 | 日々のいろいろ
昨日は、去年のブログでもお伝えしていた「高遊原相撲大会」でした。
去年の激戦から一年。子供たちは体も心も大きくなり、またこの土俵に帰ってきました。

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多くの観客が見守る中、今年も大熱戦が繰り広げられました。
去年は対戦で負けて、痛みや悔しさで涙を流した子供たち。その悔しさをばねにして、一年間、けいこに励んできました。
体格の違いをものともせず、大きな相手に真正面からぶつかっていく。土俵際に追い詰められても、決してあきらめず、そこからまた押し返す。足を取るような技は一切使わず、すべて正攻法、正々堂々と相手にあたっていく。普段、子供たちの、のほほんの~んびりとした姿しか見ていない私には、その真剣で闘志あふれる姿が本当にまぶしく、心を揺さぶられました。涙が浮かび、鳥肌が立ちました。

この子たちは、本当に素晴らしい。

おばちゃんは、あなたたちを応援できて、誇らしいよ。

macoも、あと2年経ったら相撲させよう(3年生から相撲部に入れるので)。





だれ?今「macoのまわし姿が目に浮かぶ」と言ったのは??
by hapikuro | 2011-09-12 11:45 | 日々のいろいろ

心強い。

momoは、体調を崩して熱を出すと、たいていは呼吸困難に陥り、救急車のお世話になってしまいます。119番に電話して、住所と苗字を告げると、「momoちゃんですね?」とすぐにわかってくれ、いつもどういう状況になるのか、どこの病院に行くのか、など、こちらがあまり説明しなくてもわかっていただけます。本当は救急車は緊急の場合のみにしたいのですが、momoは前科(!?)があり、病院の先生からも「どうかな、と思ったときは、迷わず救急車で来てください」との言葉をいただいているので、年に数回お世話になっています。救急車の隊員の方々が、momoの事を覚えていてくださるのは、本当に心強く思います。

そしてさらに、搬送先の病院(日本赤十字病院)の救急救命室には、入ってすぐのボードに大きく「救急車を、断らない!」と書いた紙が貼ってあります。私は、これを見るたびに、なんだかほっとするのです。これからどうなるかわからない病状、症状を抱えた患者にとって、この張り紙ほど心強く、安心できるものはないな、と思います。
テレビのニュース等で、救急車の受け入れ拒否によって命を失うなどの悲しい事件を耳にすることが多くなった中、熊本の医療の中心を担う医療機関のひとつがこんな努力をされていることに、よくお世話になる患者のひとりとして、感謝の気持ちでいっぱいです。

そんなことを思いながらのmomoの入院中、窓の外には、日本でもまだ数少ない「ドクターカー(医師の乗った救急車)」がサイレンを鳴らし、上空では屋上のヘリポートに救急ヘリが到着していました。
by hapikuro | 2011-09-07 00:30 | 日々のいろいろ

流れます~

先週は、momoの5年生クラスで親子レクレーションがありました。
毎年夏にしているレクレーション、今年はソーメン流しです。
クラス役員の方々が、前日から竹を切って、ソーメンを流すといを作ったり、器にする竹を切りそろえたりと、準備をしてくださいました。ありがとうございました。
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といを支える台まで竹で作ってもらいました。本格的。

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最初は「ソーメン」流しでしたが、そのうちゼリーやブルーベリー、飴まで流れだし・・・
大騒ぎ。
こんなに本格的なソーメン流しは初めてという子供たちも多く、楽しんでいました。


そんな中、クラスメイトではぴくろメンバーでもあるHちゃんのお父さんから、電話があり、「空を見てみろ」と。
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おお~~っ!!
太陽の周りに、まあるい虹が。
「日暈(ひがさ、にちうん)」という現象だそうです。

こんな景色もみんなで見られて、ラッキーだったね。

ソーメン流しというよりも、「流れたソーメン」をざるに溜めて食べながら、ちょっとした幸せを感じた、夏休みの一日でした。
by hapikuro | 2011-08-08 10:52 | 日々のいろいろ

真夏なのに・・・

夏休みに入る直前の週末、阿蘇の高森町にある「高森湧水トンネル公園」に行ってきました。
ここは、本来なら熊本~宮崎県延岡間を走る鉄道が建設されていた場所でした。鉄道を建設していく過程で、トンネルを掘っていたところ、トンネル内から大量の湧水が!同時に、町内にある湧水8か所が枯れてしまい、水道が遮断してしまうという事態になりました。その後、この鉄道計画自体が廃止されましたが、水の湧き出したこのトンネルはそのまま湧水公園として整備され、年間を通して10度台の気温を保ち、豊かな水を生んでいます。

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トンネルの中を湧水が流れています。
今は、七夕飾りがきれいです。


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幻想的。

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これ、なんだと思いますか??
何本もの流水の筋です。
流水を、超音波をあてて一粒一粒の球にし、流しているのです。そこに特殊なストロボ光を当てて、水の粒が上に登ったり、その場に止まって見えたりします。
「ウォーターパール」と名付けられていました。
原理は、???なのですが・・・(汗)
とても不思議な空間です。

momoも、しっかりと見ていました。
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それにしても・・・
・・・寒い・・・
外は30度超えの暑さなのに。

「ウォーターパール」を、もっと見ていたかったけど、断念して外へ退却。

外に出たら、やっぱり世の中は暑かった。
駐車場にかき氷屋さんがあったので、かき氷を買いました。
何にしようかなあ~。
ん??
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「オデンヂ」?
「ビーチ」??
かき氷屋のおばちゃんを前にして、「オデンジって、何味だと思う?」「おでん味のオレンジたい。」「いやいや、オレンジ味のおでんだと思うよ。」とコソコソ話し、挙句の果てに写真までとった失礼極まる一家。
「じゃあ、ビーチは?」「磯の香りたい。」
と、最後までコソコソ話しながら、結局安全なイチゴ味を買って、帰路につきました。
by hapikuro | 2011-08-01 20:32 | 日々のいろいろ

学校に通うということ。

突然ですが・・・
わが子が、安全に、安心して、楽しく学校に通うことは、難しいことですか??
この国では、こどもを学校に通わせることは大人の義務、そして、こどもの当然の権利です。
こどもは、小学校に入学できる年齢になれば、誰でも、祝福されながら学校に通える。そして、親や先生など周囲の大人に守られながら、安心して大きくなっていくことができる。
当たり前の話ですよね。
そこには、何の制限も、制約も、条件もないはず。
私は、そう思っています。
でも・・・
残念ながら、今の世の中は、そうなってはいません。
私の友人たち数名は、現在、わが子が学校に通う「権利」を獲得するために、本当に血のにじむような努力をしています。みんなそれぞれ、状況は違うのですが、思いはただ一つ「わが子を安全に安心して楽しく学校に通わせたい」というのみです。

こどもは、家庭では見せない顔を、学校の中に持っています。
家庭ではできないたくさんの経験を積み重ねて、日々成長しています。
それは、その年頃のこどもにしかできない、本当に大切な、宝物のような経験です。
momoも、毎日の学校生活、友達や先生と過ごす中で、少しずつではありますがしっかりと成長しています。
親は、わが子が「学校大好き!!」という空気を体中からにじませながら家に帰ってくることが、何にも代えがたい幸せなのです。

友人たちのこどもたちは、世間から見ればいわゆる「重度」のしょうがいを持っています。
momoも、口から食事を採れないなど、世間から見ればいわゆる「重度」のしょうがいを持っています。
けれど、私たちから見れば、「それが何?」なのです。
こどもは、こども。その子にあった手助けをすれば、何の問題もなく、大好きな学校に通えるはず。
その子を知ろうとしないから、わからない。わからないから、その子を取り除こうとする。おいて行こうとする。「学校に通うための」条件を付ける。「親としての責任」という言葉をちらつかせて、「それができないなら親失格」という暗黙の脅迫を、かけてくる。

ちょっと強い言い方でしたね。

「親としての義務」とは、家庭でわが子を愛情もって育て、見守り、世の中(社会、学校)に送り出す。ということだと思うのです。
「学校に一緒についていくこと」が親の義務とは、思えないのです。
確かに、親が一緒にいなければいけない場面は、(特に「重度」のしょうがいを持つ子の場合は)ああります。でも、それ以外では、学校はこどもと先生との大切な場所。親には見せない顔を見せ、親がいてはできない話もするし、いろんな経験をする。その時、その年齢でしかできないことを、思いっきりやる。時には先生に叱られることもある。それも、こどもにとって大切な経験です。そこに親がいては・・・どうでしょう?


もっと、想像力を働かせてほしい。と思います。
「わが子だったら?」という想像を、常にしてほしいのです。
「この子がわが子だったら?」と想像すれば、簡単にこどもの権利を制限することはできない。その子の人生そのものを制限し、狭めてしまうことになると、気付くと思います。
by hapikuro | 2011-07-18 02:07 | 日々のいろいろ

夏待ち顔。

我が家に咲いた、今年初めてのひまわりです。

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でもね~、このひまわり。
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ちっちゃ~。

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ちょうちょが乗っかってても、重たそう。
by hapikuro | 2011-06-24 12:50 | 日々のいろいろ

今、できることは。

9日は、「九州ラーメン党」の皆さんが東北大震災支援ボランティアのラーメン炊き出しに行かれたことの報告会がありました。
今回現地に行かれたのは、ラーメン党のメンバー4名、公募メンバー4名の合計8名。

報告をされる、九州ラーメン党代表の濱田さん。
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今回の支援は、宮城県の石巻ボランティアセンターを経由して、気仙沼市、石巻市へ。各地で300~350杯ずつ、合計1000杯のラーメンを、避難されている方々や、全国から集まったボランティアの人々に食べてもらったそうです。
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写真もたくさん撮ってこられていました。
津波が襲うその瞬間まで、避難するよう放送を続けていた、役場の庁舎もありました。テレビで何度も見たその場所は、いまだに一切片づけられることなく、骨組みばかりになった庁舎が改めて今回の災害の恐ろしさを見せつけます。


被災された方々は、一度は避難所に身を寄せておられましたが、長引く避難生活のストレスもあり、自宅のある人は自宅に戻っておられることが多いそうです。でも、自宅はもちろん普段の生活ができる状況ではありません。津波に飲み込まれた一階にはいられず、二階のみでの生活。自宅に帰れば、避難所には届く支援物資が受け取れません。そのような苦しい状況の方々にラーメンを提供されました。

現地で・・・
毎日テレビで報道されているにも関わらず、現地で自分の目で見ると、災害のすさまじさ、恐ろしさに言葉を失う。
相手を思いやる気持ちが強い。ラーメンを差し出しても、隣の人からどうぞ、と譲り合いになる。
そして、みんな、明るい。
初めて会った人々なのに、ずっと昔からのつきあいであるかのような、つながりを感じる。
また会いましょう、また来るから。と、涙を流して約束してきた。


最後に、一番心に引っかかっていることを、聞いてみました。
しょうがい持っている方々は、どのように日々を生きておられるのだろうか??
質問している途中から、なんだか涙がじゃあじゃあと出てきて、どうしようもなくなってしまいました。
現状は。
避難所からは、事実上出されている(追い出されている?)状態だそうです。
避難所にいても、本人にかかるストレスは相当なもので、苦しいので、自宅のある人は自宅に戻り、あるいは被災していない施設に移転している。全国(熊本を含めて)や現地の福祉作業所組合も、利用していた人が今どういう状況にあるのか、調査をしているが、なかなか把握ができない。支援もできていない。そう答えられる方の目からも、涙があふれました。



私に、何ができるのだろう。

自分の無力さ、行動力の無さ、勇気の無さを、改めて思い知らされる。


今回、被災各地を回る中で、濱田さんは詩を書きとめておられました。
その一部を、掲載の許可をいただいたので、ご紹介します。

      『畑に船』
     田植が始まっていた
     町なかの道をひた走ると
     川向うは粉塵舞う
     瓦礫うず高く片付かぬ街
     石や草や木片やコンクリートや
     木の葉散らばる中に
     打ち上げられた船体が横たわる

     おーい 何の漁をしにやってきた
     畑の船よ 海へと帰らないか
     これから 稲作が始まる季節


      『テント村』
     この百余の
     テント村を見よ
     ここは避難所ではない
     日本の各地からやって来た
     ボランティアという人々の仮住まい

     梶上げ瓦礫運び
     炊き出し班
     留守部隊残して
     任地に赴き夕べに帰る
     夕飯はカップ麺
     良い日はカレー

     この百余りの
     テント村を見よ
     これが日本を動かす力
     これがこの国再生の力


      『津波考』
     津波は
     持てるものすべてを
     流したけれど
     津波は 
     新しい宝物を
     いっぱい運んできた

     津波は
     母を連れて行ったけれど
     津波は
     新しい友を
     いっぱい連れてきた


 
日々を、懸命に、大切に生きること。
希望を持つこと。
感謝をすること。
できることを積み重ねていく。
一人一人ができることを積み重ねれば、世の中を変えるかもしれない。
そう、思います。

この日は、ラーメンを500円で提供しておられました。
材料代等を差し引いた分を、次回の被災地支援活動のために積み立てるそうです。
by hapikuro | 2011-06-10 12:03 | 日々のいろいろ